市井の昭和史

前花哲雄さん(96)

前花哲雄さん
前花哲雄(96)
宮良さんの婿嫁のいとこのお父さん。石垣島に蔓延したマラリアについての著書が、東南アジア向けに英訳されている。

日時:平成16年1月9日
場所:沖縄県石垣島宮良
聴き手:筒井健二

前花 じゃあまずは八重山の話からしてあげよう。

── あ、ありがとうございます。

前花 八重山郡っていうのは──昔は八重山村だったけどね──石垣や西表などの7つの島々からなっているんだな。昔に大陸からの人々が米を持ってきてな、稲ダネををもって北上していったんだ。

── 昔といってもかなりの昔ですね!?

前花 そう。米はもともと南方、ビルマ(ミャンマー)から伝わってきたと言われているけれど、伝わったのはお米だけじゃあないんだよ。

●それは「言葉」。日本語だよ。大陸から海を渡ってきた人たちは、人のいないあちこちの島に移り住んでいったんだ。台湾から西表、小浜や石垣にもね。島の人々とのやりとりは、言葉が通じないから漢文でおこなった。

●でもその漢字をなんと発音するか、どう読むかはわからない。中国の漢文が伝わってきてもそれを解説する必要があったんだね。

●それを解説したのが八重山の人間さあ。そこからヤマトに伝わって、稗田阿礼が『古事記』をまとめたでしょう? そのときに中央政府で研究された結果、「この漢字はどう読むか?」っていうときに八重山語が一番しっくりきたんだね。

●つまりだ。今、みんながしゃべっている日本語はもともと八重山語だったっていうこと。「言葉の読み方を決めた」んだよ。山を「やま」と呼び、海を「うみ」と呼んでいるのは八重山語があったから。標準語が方言なんだね(笑)。

●あとね、日本の国の成り立ちもこっちさね。奈良だとかなんだとか色々説はあるでしょう? でも沖縄(本島)のすぐそばに伊平屋島(いへや島)があってね、そこにちゃーんと天照大神が隠れたという「天の岩戸」があるさね。

●この話は小学校3年生ぐらいまでは学校でちゃんと習っていたんだけれど、それ以降はないね。きっと神様の碑だとか感謝するお祭りとかはあっても、神様は神様であって語る必要はないってことじゃあないかな。

☆上記の「日本語伝来」また「日本国発祥の地」については諸説あるとは思いますが、今回お話を聞いたままをここでは表記しています。
しかし実際に、7つの山岳を持つ起伏の激しい伊平屋島の北側には、天岩戸伝説が残るクマヤー洞窟があります。岩山の中には広大な洞窟が広がる神秘的な場所だそうです。

☆天照大神(あまてらすおおみかみ)
あらゆる生命にとって必要な太陽を象徴する神であり、天照大神についての神話としては、「天岩戸隠れ」が有名です。天照大神が岩戸に隠れたために、世の中は光を失い、悪霊が満ち、災いが起こる。このことは日照時間が減ることによる不作、あらゆる生命の衰弱、そのことによる飢饉、餓死、疫病などを指していると考えられています。

── すごく壮大なお話になりました。

前花 「八重山」っていう名前も、西表に高い山が8つあったからっていう話だよ。

── へぇ~。知らないことだらけです。

前花 八重山の人はみんな自然に知っていることなんだけどね。言葉にはやっぱり意味があるんだよ。例えば、八重山じゃあ、北を「ニス」、南を「ハイ」、東を「アール」、西を「イール」って言うんだ。わかる?

── ???

前花 東はさ、太陽が「あがる」でしょう? だから「アール」だよ。

── あっ……。それで西は太陽が沈む方角で「日が入る」の「イール」ですか。

前花 そう! こっちの言葉でね、「ハイカジがたったら寒さがなくなる」って言葉ある。「ハイカジ」、つまり南の風だね。南風になると春の始まり、ってことさあ。

●昭和5年に20歳の時、徴兵検査を受けてね。甲種合格で九州の小倉に行くことになった。その年の年末に家を出て、那覇に。年を越した7日に鹿児島について、生まれて初めての汽車にのって小倉まで行ったんだ。軍隊には1年半ぐらいいてね、20円もらって帰郷した。

●警察官になりたくてね、熊本の巡査憲兵になるための勉強するところ──まあ学校だね──で友人4人と警視庁に行くために勉強したんだよ。

●でも、警視庁に試験を受けに行くだけで120円もかかる。そこで朝鮮総督の警備の仕事を見つけてね、それだったら20円で現地まで行けるからって受験したんだ。全国から2000人ぐらい集まったけれど、我々4人はみんな合格したよ。あんときは抱き合って喜んだもんだ。

●昭和17年の4月20日から勤務ということが決まっていたから、満州に渡って講習をしたあと地方警察に配属になった。鴨緑江(おうりょくこう)っていう、今の中国と北朝鮮国境に流れる川のところ。つまり国境警備をしていたんだ。

●敗戦色が濃くなるにつれて、「どうやって日本に帰ろうか」 そればっかり考えていたよ。

●敗戦してから捕虜として捕まってね、シベリアに連れて行かれることになったんだ。汽車にぎゅうづめにされて移動したんだけど、途中の山の中で水を汲みに行くための休憩があった。そのとき僕は小さな隊の隊長だったから、部下に先に行かせて自分は後ろから山の中を川へ下って行ったんだ。

●「逃げるなら今しかない」と判断してね、ふっと後ろを見ると部下の一人がついてくるんだよ、「隊長、自分もついていきます」って。

●それから2人で山の中を逃げてね、国境の検問に出くわしたんだ。さあどうしようと悩んでね。朝鮮語はしゃべれたから警備の人間に「この先に行く物資輸送のトラックはもう通りましたか?」って聞いたんだ。その輸送隊の一員のようなフリをしてね。そしたら「もう通ったぞ、早く行け行け」て言うもんだから、「しめたっ!」だよ、本当に。

●機転を利かせてなんとかゲートをくぐることができた。その遮断機がスーっとあがったときは涙をこらえるのに必死だったよ。映画にしたらきっと大ヒット間違いなしだね(笑)。

■聴き手のコメント■
この日の午前中にお話を聞かせてもらった宮良さんのご親戚です。齢96歳、まだまだご健在で毎日書物と書き物をする毎日だそうです。他にも宮良の村のなりたち、マラリアの恐怖といったお話をしていただき、とても快活なおじいでした。そして最後には抱き合って再会を誓い合いました。