市井の昭和史

三上敏和さん(74)


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国鉄に入った時、私は十三歳、昭和六年生まれですから。昭和二〇年の時です。当時は、戦争真っ最中でした。私は当時、浅草にいて地獄を見たんです・・・

聴き手:清家ゆうほ

和田敏子さん(83)


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この旅館は、その年の暮れに買って、翌年の五月まで空き家にしていたんです。当時、神楽坂は花柳界が盛んで、芸者さんが四百人くらいいて。そのために、ここだけ真っ暗にするのは困るということで、私がたまたまいたから来ることになって。ここら辺は全部町屋で、旅館はうちだけでした。昭和二十九年の五月のことです。

場所:東京都千代田区
聴き手:わぐりゆみこ

小嶋孝子さん(85)


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赤石山脈の一番山裾で、掛川で乗り換えて、森というところからもうすこし奥の、山あり谷ありの場所です。棚田というほどではないですけれど、百表ほどとれる田んぼと、豚、牛の家畜もいました。あと少しの田畑を貸していました。その田舎での私の実家は、比較的大きな農家でしたね。

聴き手:松本麻子・副枝志保子

石川テルさん(90)


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「今思うとよく働いたわ。 朝は5時に起きて、お客さんのお茶を用意して、階段を上ったり降りたり。お客さんのお膳を片付けて、かばんを肩にかけながら走って学校へ。途中の土手で宿題をするののよ……」

場所:東京都世田谷区
聴き手:副枝志保子

中井辰子さん(91)


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「松山の家におったときは、おじいさんが連れてきた下宿人や芝居小屋の人やお遍路さんをよく泊めていた。『夕べは阿弥陀さんが出やはりましたな』と言った人もあったよ。つまり幽霊のことよな。そういう話はたくさんあるよ」

場所:鳥取県境港市
聴き手:坂本理抄

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