日々失われゆく「昭和の記憶」
お婆ちゃん子である私は、幼い頃、祖母からいろいろな話を聞いて育った。関東大震災で怖い思いをした話、太平洋戦争中、乳飲み子をおんぶして山に 逃げた話--純朴で世間知らずな祖母の目で見た歴史は、教科書で学ぶそれとはひと味違い、私にとって、とても新鮮であり真実味があった。数年前、祖母が寝 たきり状態になった頃、こうした話をしっかりと書き留めなければと思い、ベッドの脇で熱心に聞き取りを行った。
しかし、次第に元気を失った祖母は、一昨年の年初に亡くなってしまった。祖母の死は、人生最大の痛恨事であるとともに、昭和を生き抜いた人たちの記憶が日々失われてゆくという現実を深く認識するきっかけとなった。
以来、私は全国に高齢者を訪ね歩き、聞き取りを行ってきた。最初は警戒する方もいらしたが、ひとたび口を開くと、背負ってきた来し方を語る言葉に淀みはな い。ときには、身内にも話していないようなことまで打ち明けられることもあった。皆さん一様にとても喜んでくださり、辞去する際は、後ろ髪を引かれる思い に駆られた。
では、ここでどのような聞き取りを行っているのか、一例をここでご紹介しよう。
聴き取りで知る「担ぎ屋」の暮らしぶり
「担ぎ屋」--大きな荷物を背負って汽車に乗り、行商するおばちゃんたちだ。いったいどんな暮らしをして、どんなものを扱っていたのか? どうしてもそれを知りたくなり、インターネットの情報を頼りに秋田県阿仁町を訪ねた。
しかし、行ってはみたものの、すでに担ぎ屋の姿はなく、町の人に尋ねても、「昔はいたね」というくらいの反応。しばらく歩き回っているうちに、十年ほど前 まで、町の小さな旅館の軒先に店を出していたことがわかった。さっそく宿の方に頼み込み、連絡してもらい、翌日、隣の鷹巣町で、会うことができた。
担ぎ屋は九嶋カツさんという小柄のおばあさんで、娘夫婦、孫たちと一緒に幸せそうに暮らしていた。さっそく聞き取りを、と思うのだが、言葉がまったく通じない。そこで、娘の郁子さんに「通訳」をお願いした。
盛池:行商では、どんなものを扱っていたのですか?
九嶋さん:ちゅうなればぁ、やしゃもとか、こんずことか……
盛池:……???
郁子さん:注文があれば、やしゃもとか、こんずとか。
盛池:やしゃもとは……野の軍鶏、つまり比内鶏のことですね!
郁子さん:いや、やしゃもは、野菜のことです。
盛池:あ、そうでしたか。では、「こんず」とは?
郁子さん:こんずは「麹」。漬物に使うんです。
九嶋さん:あど、くだもの、卵、あぶらげ、それから、季節季節のやしゃもとか、大豆な。やしゃもは、ほうれんそこな。
盛池:随分いろいろなものを扱っていらっしゃんたんですね。どうしておばあちゃんは、行商を始められたのですか?
九嶋さん:え?
郁子さん:なして、最初こういう仕事やったかと。
九嶋さん:うーん、なしてかって、子です。すつにんもおったもの。
盛池:すつにん……あ、7人!
郁子さん:家計を助けるために、始めたんです。
九嶋さん:なんぼかなぁ、すごしでも楽んにゃいいなぁと、そう思ったんだヨォ。
盛池:がんばったんですね。ところで、行商人のことを、皆さん何て呼んでました?
九嶋さん:あぎね。
郁子さん:「商い」のことだっさ。
盛池:ええと、その商いをする人のことは?
九嶋さん:どげん人?
郁子さん:あぎねすっ人。
九嶋さん:ああ、「あぎねっこ」な。「今日、あぎねっこに会った」というふうにもの。
盛池:その「あぎねっこ」、昔は、大勢いたのですよね?
郁子さん:ばあさん方のみとうに、行商行った人、何十人くらいいであったいな?
九嶋さん:いたいたいた~もう、ノスロ(能代)のほからも、オダテ(大館)のほからも、なんずうにん(何十人)もおった。
以上はほんの抜粋だが、何とも楽しく、愉快である。そして、会ってそれっきりというのが苦手なので、お暇する時はいつも「では、また来ますね」と 言って立ち去るのだが、九嶋カツさんにしても間もなく九十。縁起でもないが、またお目にかかることは叶うかどうか――。じっさい聞き取りを行った方の何人 かは、その後ほどなくして鬼籍に入られた。「昭和の記憶」の捕捉は一刻を争う。
「昭和の記憶」を国民運動に
私は周囲に呼び掛け、賛同者を募り、「昭和の記憶」という名の特定非営利活動法人(NPO)の申請を行った。活動内容は、①高齢者からの「昭和の 記憶」の聞き取り・収集・公開、②写真や資料の収集・整理・公開、③大学での講義や各地域での講演など、本活動の普及・プロモーション――である。
現在、こうして全国各地の高齢者から聞いた話や古い写真をデジタル化して、インターネットで公開している。さらに、こうした活動を小学生などの子供がやる ように、全国的な運動に展開しようと試みている。この活動を通じて、子供たちと祖父母や地域の高齢者との交流が活発化するだろう。当然、国や地域の歴史や 習慣、伝統行事などにも詳しくなる。また、高齢者が人生において培ってきた深く豊かな知恵から、子供たちは多くを学び、聞く力、表現する力という、人生を 生きていく上で大切な力が育まれるだろう。
さらにこうした活動を図書館や公民館で行い、それを教師や図書館司書が手伝えば、そのまま「総合学習」の時間に活用することも可能だ。これらの目的を実現 するための、教育としてのインタビュー活動の普及・指導も、われわれの重要な使命だと考えている。その先駆けとして、都内の大学で学生を対象としたワーク ショップの構想が実現しようとしている。
非営利の精神に基づいたこの活動だが、経済活動と完全に無縁ではありえない。当面は、私のポケットマネーで学生などボランティアの手助けを得ての活動にな るが、今後、各方面からの支援をお願いしたいと考えている。しかし、ボランティア団体に甘んじるつもりはない。むしろ、NPOだからこそ、マネジメント能 力を発揮したいと考える。私はこれまでのビジネス経験を活かしたNPO経営を行いたい。幸いにして、活動の趣旨に賛同して下さる方が増え始めている。そう した方々からの支援や協力が、何よりの支えや励ましとなる。ぜひ一度、ホームページをご覧いただき、感想をお寄せいただけたら幸いである。皆様からのコン タクトを心待ちにしている。(尾崎行雄記念財団「世界と議会」平成15年3月号への寄稿より)
「敬老の日」を聴き取りの日に
9月第2週の「敬老の日」、この日は高齢者を敬愛する日とされていますが、事実上、祝祭日の一日に過ぎません。自治体では敬老イベントが行われていますが、結局、高齢者のなかで閉じたイベントになっていrます。私たちは、この「敬老の日」を家族や地域のなかで、高齢者からの聴き取りが行われる日になるよう運動を行っております。
「古希で人生を一区切り」という共通認識の醸成
平均寿命が伸び、人生100年と言われるようになりました。しかし、人生はところどころに区切りがあって、はじめて次の目標に進む上での気構えができるものです。私たちは、古希=70歳をひとつの区切りとして捉え、そこで人生を省み、記録を残すことを推奨しております。核家族化が進むなか、子や孫に伝えられることが少なくなっています。来し方を綴ることは、世代を超えてのコミュニケーションとしてもっとも手軽でもっとも効果が大きい方法です。
私たちの活動は、スタッフ、ボランティアスタッフによる聴き取り活動及び事業活動と、子供向けの聴き取りイベントの開催の2つを軸としております。
運営基盤としては、「昭和の記憶草書」事業からの収益、会費、寄附、補助・助成金を充てております。
聴き取り活動
- 縁をいただいた高齢者からの聴き取りを行います
- 自らの来し方を表明することの少ない方を対象に、優先的に聴き取りを行います
- 毎月5~10人を目標に活動しております
- 聴き取りにあたっては費用はいただきません(草書化する際は料金がかかります)
- 聴き取りのご要望にはすべてお応えできませんのでご了承下さい
学生・生徒向け聴き取りイベントの開催
- 世代間コミュニケーションを促進するために実施しているイベントです
- 祖父母と孫で参加するのが一般的です(参加費用は2000円です)
- 子供たちの聴く力の醸成、コミュニケーション能力の向上を図ります
書籍化サービス「昭和の記憶草書(そうしょ)」の刊行
- ご依頼を受け、聴き取りを行い、その内容を書籍化します
- 「昭和の記憶草書」シリーズとして刊行し、後世に残します
- 費用は、ご家族後一族の皆さんによるご負担を推奨します
